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広島地方裁判所 昭和35年(行)17号 判決 1961年10月03日

原告 伊藤巖

被告 広島県知事 外一名

訴訟代理人 森川憲明 外六名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立

一  原告の申立

被告広島県知事が原告に対し昭和二二年一〇月二日別紙第一目録記載の土地についてなした買収処分及び同年一二月二日別紙第二目録記載の土地についてなした買収処分が無効であることを確認する。

被告竹川渉は別紙第一目録記載の土地につき広島法務局東城出張所昭和二六年三月二七日受付第四六六号をもつて竹川貢のためになした昭和二二年一〇月二日自作農創設特別措置法第一六条の規定による売渡による所有権取得登記及び別紙第二目録記載の土地につき同法務局同出張所昭和二六年五月二八日受付第八〇八号をもつて竹川貢のためになした昭和二二年一二月二日同法第一六条の規定による売渡による所有権取得登記の各抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は、被告等の負担とする。

二  被告広島県知事の申立

(イ)  本案前の申立

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

(ロ)  本案の申立

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

三  被告竹川渉の申立

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求の原因

一  原告は別紙第一第二第三目録記載の各土地を大正一二年五月一六日以降所有していた。

二  被告広島県知事は、別紙第一第三目録記載の土地につき昭和二二年一〇月二日付買収令書をもつて自作農創設特別措置法第三条により買収し、昭和二五年五月二六日広島法務局東城出張所受付第一、二〇五号をもつてその旨の登記をし、又別紙第二目録記載の土地につき、昭和二二年一二月二日付買収令書をもつて同法第一五条により買収し、昭和二五年六月一五日同法務局同出張所受付第一二九七号をもつてその旨の登記をした。

三  しかしながら、被告広島県知事のなした別紙第一第二目録記載の各土地に対する右買収処分には、次のような明白かつ重大な瑕疵があるから無効である。すなわち、

(イ)  別紙第一目録記載の土地は、いずれも岩石捨場であつて農地でないことが明らかであるのにかかわらず、被告広島県知事は、これを農地と認定して買収したのであるから、右買収処分には明白かつ重大な瑕疵がある。

(ロ)  別紙第二目録記載の土地は、原告が直接支配管理していたにもかかわらず、被告広島県知事は、これを別紙第三目録の土地に付随する採草地であると誤認して買収したものであるから、右買収処分には明白かつ重大な瑕疵がある。

四  ところで、右買収された別紙第一目録記載の土地は、昭和二二年一〇月二日自作農創設特別措置法第一六条により国から訴外竹川貢に売渡され、昭和二六年三月二七日広島法務局東城出張所受付第四六六号をもつてその旨の登記がされ、又別紙第二目録記載の土地は、昭和二二年一二月二日同法第一六条により国から同訴外人に売渡され、昭和二六年五月二八日同法務局同出張所受付第八〇八号をもつてその旨の登記がなされているのであるが、右訴外人は、昭和二四年八月二三日死亡し、被告竹川渉は、右訴外人の遺産を相続した。

五  しかるところ、前述のとおり、別紙第一第二目録記載の土地につき、被告広島県知事のなした買収処分が無効であるから、訴外亡竹川貢はその所有権を取得するに由なく、従つて、同訴外人を相続した被告竹川渉においても右土地につき所有権を取得しえないものである。

六  よつて、原告は、被告等に対し、それぞれ、前記申立どおりの判決を求める。

第三被告等の答弁及び抗弁

一  被告広島県知事の本案前の抗弁

本件買収処分に無効事由があるとしても、訴外亡竹川貢が別紙第一目録記載の土地については昭和二二年一〇月二日に、同第二目録記載の土地については同年一二月二日に国から売渡を受けて以来、同訴外人死亡後においてはその相続人である竹川渉は相続の時から現在に至るまで、引続き所有の意思をもつて善意、無過失、平穏かつ公然に右各土地を占有していたから、訴外亡竹川貢が国から右各土地の売渡を受けたときから一〇年を経過した日に時効が完成している。そして、被告竹川渉は、本訴においてその時効を援用しているから、右日時に取得時効により本件各土地の所有権を取得した。したがつて、原告は本件各買収処分の無効確認を求める法律上の利益を有しないから、本件訴は却下さるべきである。

二  被告広島県知事の答弁

1  請求の原因一、二は認める。

2  請求の原因三のうち(イ)別紙第一目録記載の土地が買収処分当時岩石捨場であつたこと、(ロ)被告広島県知事が別紙第二目録記載の土地を別紙第三目録記載の土地に付随する採草地であると認めて買収したことは認めるが、本件各買収処分には明白かつ重大な瑕疵があるとの主張は否認する。

3  請求の原因四は認める。但し、別紙第二目録記載の土地は自作農創設特別措置法第二九条・第一六条により売渡されたのであるが原告主張どおりの登記がなされたのである。

4  請求の原因五、六は否認する。

三  被告竹川渉の答弁

1  請求の原因一、二は認める。

2  請求の原因三のうち(イ)の事実は不知、(ロ)のうち被告広島県知事が別紙第二目録記載の土地を別紙第三目録記載の土地に付随する採草地であると認めて買収したことは認めるが、その余は否認する。

3  請求の原因四は認める。

4  請求の原因五、六は否認する。

四  被告竹川渉の抗弁

被告広島県知事の本件買収処分に無効事由があるとしても、訴外竹川貢が別紙第一目録記載の土地については昭和二二年一〇月二日に、同第二目録記載の土地については、同年一二月二日に国から売渡を受けて以来、同訴外人の死亡後においてはその相続人である被告竹川渉は相続の時以降引続き所有の意思をもつて善意無過失、平穏かつ公然に右各土地を占有して来たから、訴外竹川貢が国から売渡を受けたときから一〇年を経過した日に被告竹川渉は右各土地の所有権を取得時効により取得した。よつて、原告の本訴請求は失当である。

第四被告等の抗弁に対する原告の答弁

一  訴外竹川貢が別紙第一目録記載の土地については昭和二二年一〇月二日から同第二目録記載の土地については同年一二月二日から占有をはじめ、同訴外人死亡後はその相続人である被告竹川渉が引続き右各土地を占有していることは認めるが、その余の抗弁事実は否認する。

二  訴外竹川貢及び被告竹川渉は被告広島県知事が別紙第一目録記載の土地については岩石捨場であるのに農地として、同第二目録記載の土地については原告が直接管理しているのに同第三目録記載の土地に付随した採草地として買収したものであり、いずれも違法な買収処分で無効なものであることを知つていたのであるから、右占有は、悪意であり、又平穏かつ公然の占有とはいえない。

第五証拠<省略>

理由

一  被告広島県知事に対する請求について

被告広島県知事は、原告主張の本件各買収処分にその主張のような無効事由があるとしても、被告竹川渉がすでに取得時効によりその所有権を所得している以上、原告は、もはや本件買収処分の無効確認を求める利益を有しないと主張するのでこの点について検討する。

被告竹川渉が本件土地の所有権を時効により取得していることは後に認定するとおりである。ところで、行政処分の無効確認を求める利益は、行政処分の表見的存在が原告の現在の法律上の地位に対する不安又は危険を伴うときその表見的存在を除去することを必要とし、その表見的存在の除去のみによつて右の不安又は危険を排除するに足りる場合に認められるものと解するところ、本件土地は、すでに取得時効により被告竹川渉の所有に帰してしまつた以上、もはや、原告にその所有権は存しないのであるから、仮に、原告が被告広島県知事に対する買収処分無効確認訴訟において勝訴して本件買収処分の表見的存在を除去してみたところで、それだけでは当然に原告の所有権が復活するわけではなく、何等原告の現在の法律上の地位に有利に影響するところがないのである。なお、原告と被告広島県知事との間で買収処分の無効が確認されることにより、被告広島県知事は原状に回復すべき適当な措置をとるべき責務が明らかになるにしても前記のように本件土地の所有権は原告に復帰しないのであるから、せいぜい損害賠償請求の前提となるにすぎず、これをもつて本件訴の利益があるものとはとうてい考えられない。

以上のとおりであるから、原告の被告広島県知事に対する本訴請求は、訴の利益を欠くものとして棄却を免れない。

二  被告竹川渉に対する請求について

請求の原因一、二、四の事実は当事者間に争がない。

ところで、原告主張の本件各買収処分にその主張のような無効事由があるか否かの判断はともかくとして、被告竹川渉の取得時効の主張について考えてみるに、訴外竹川貢が別紙第一目録記載の土地についてはその売渡を受けた昭和二二年一〇月二日から、同第二目録記載の土地についてはその売渡を受けた同年一二月二日から占有をはじめ、昭和二四年八月二三日に右訴外人の死亡した後はその相続人である被告竹川渉が引続き右各土地を占有してきたことは当事者間に争がない。

そして、本件各土地は、前述のとおり、訴外竹川貢が国から売渡を受けて以来同人並びにその相続人被告竹川渉において占有を継続してきたのであるから、民法第一八六条により右訴外竹川貢並びに被告竹川渉が所有の意思をもつて善意、平穏かつ公然に占有していたものと推定されるところ、本件全証拠によるも右の推定を覆すに足りない。

そこで訴外竹川貢が被告広島県知事の売渡処分により本件各土地が自己の所有に帰したものと信じたことに過失がなかつたかどうかについて考えてみる。

自作農創設特別措置法による農地の売渡処分のあつた場合においては、買受人がその効果として農地の所有権を取得したと信じるのは当然であるから、その売渡処分に取消さるべき違法事由もしくは当然無効の事由があつて買受人においてその処分の適法性に疑念を抱くのを当然とするような特別の事情のある場合のほか、買受人が売渡処分によりその所有権が自己に帰したものと信じたことについては過失がなかつたものと認めるのが相当である。

本件においては、原告主張の各買収処分についてその主張のような無効事由のあること(本件買収処分に無効事由があるか否かはともかくとして)を知らなかつたことについて訴外竹川貢に過失の責を負わせるべき特別の事情を認め得る証拠はないから同訴外人には本件各土地が自己の所有に帰したものと信じたことについて過失がないものというべきである。

そうすると、たとえ本件買収処分に原告主張のような無効事由があつたとしても、被告竹川渉は、別紙第一目録記載の土地については、訴外竹川貢が国から売渡を受けた昭和二二年一〇月二日の翌日から起算して一〇年を経過した昭和三二年一〇月二日の満了をもつて、別紙第二目録記載の土地については、同訴外人が国から譲受けた昭和二二年一二月二日の翌日から起算して一〇年を経過した昭和三二年一二月二日の満了をもつて右各土地の所有権を取得時効により取得したものというべきである。

従つて、別紙第一目録記載の土地につき広島法務局東城出張所昭和二六年三月二七日受付第四六六号をもつて竹川貢のためになした昭和二二年一〇月二日自作農創設特別措置法第一六条の規定による売渡による所有権取得登記及び別紙第二目録記載の土地について同法務局同出張所昭和二六年五月二八日受付第八〇八号をもつて竹川貢のためになした昭和二二年一二月二日同法第一六条の規定による売渡による所有権取得登記は現在の権利関係に符合していることになるから、原告の被告竹川渉に対する右各登記の抹消登記手続を求める本訴請求は理由がなく、棄却を免れない。

三  よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 原田博司 浜田治 長谷喜仁)

(別紙目録省略)

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